お電話でのご予約・お問い合わせ 026-242-2611
Facebook

風景館のおもてなし



おかげさまで創業240年を無事迎え、
多くのお客様にご愛顧いただいております。
「今も昔もお客様の故郷であり続けたい。」
その想いで、これからもお客様に「おかえりなさいませ」の心でおもてなしさせていただきます。神々の時代より人の手が加えられなかった松川渓谷が作り出す自然の姿、四季折々の風景が、湯が、田舎流儀のおもてなしが、こころ癒される旅になります様に。どうぞ「ただいま」と言っておいで下さい。

風景館 館主



風景館のある高山村が「日本で最も美しい村」連合に加盟されました。
心が癒され、どこかしら懐かしさを感じる山里の原風景をお楽しみ下さい。

※「日本で最も美しい村」連合とは 「小さくてもすばらしい地域資源を持つ町村が自らの地域に誇りを持ち、住民によるまちづくり活動を展開すること等により、活性化を図る」ことを目的とするNPO法人で、本年新たに6町村(団体)が加わり、全国で39団体が加盟しています。



ページ上部へ

風景館の歴史


今よりちょうど240年前、中山田村の関谷都作(風景館初代) が同僚2人とともに、現在の温泉より1,500M東方の松川辺に小屋を建て、足洗い場として営業を初めました。その後、寛政6年(1769年) に中山田村、奥山田村、駒場村の三ヶ村の協力で現在の地に引湯し、薬師堂を建立しました。

当時の姿を残す薬師堂(高山村指定有形文化財)

昭和40年代の仙人露天岩風呂

昭和40年代 深羅峡にて



昭和40年代の松川渓谷

風景館には多くの文人墨客の方々にお出でをいただき、文学博士、会津八一先生ゆかりの地でもあり、また作家でもあり実業家でもあった菅原通済先生がそのあまりの豪快さに心打たれた絶景地深羅峡「牛の牢」などが見所であります。 当館では美空ひばりさんを初め多くの著名人の方々にご滞在頂きました。昭和30年代にひばりさんにご利用頂いた客室「飛葉里(ひばり)の間」もご覧頂く事ができます。 ※現在は公開をお休みしております。



深羅峡の名は実業家であり、作家でもあった「菅原通済先生」により 昭和30年頃に命名されました。深羅峡の第一の見所は「牛の牢」であります。松川の深い渓谷が長い年月をかけて侵食され、美しい自然美を作り出しました。当館自慢の癒し空間でございます。この「牛の牢」の名の由来には興味深い伝説がございます。


昔、山田温泉のある農家で牛を飼って居りました。
その農家に一人娘さんがありまして其の娘さんがその牛に餌をやる役目になっていました。その娘さんは非常に親切でありまして其の牛を大層可愛がっていました。
その内に牛は娘さんを好きになってしまったので御座います。
つまり娘さんに恋をしたので御座います。
やがて娘さんが年頃になりましたので縁談がまとまりまして、いよいよ明日お嫁入りと云う前の晩に娘さんがいつもの通り牛に餌をやりますため牛小屋に参りましたところ突然牛は娘さんを角で引っかけ一突きに殺して仕舞いました。
牛は失恋の余りこうして娘さんを殺したので御座います。そこで村中の人が出ましてその牛をこの淵へ連れて来ましてそこから突き落とし、その牛を制敗しましたので御座います。
その後この淵からその牛の遺骸が浮び上ったのを見た人は勿論なかったのだそうで御座います。当代風景館の主人がその悲恋の牛の命福を祈るため石塔を立ててやったので御座います。

パワースポット深羅峡散策路 森の散歩道


ページ上部へ
森の散歩道
仙人露天岩風呂
天空の小鳥露天風呂
朝日屋亭
yamaboku
ページ上部へ